家督を継いだ三法師さまのその後。秀吉が天下をとるシナリオとは

織田信長が討たれた本能寺の変。
家督相続を決める
清須会議と秀吉の策略とは?

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本能寺の変で織田信長が亡くなった際、
長男で嫡男の信忠も二条城で亡くなった。
(本能寺と二条城は、直線距離2kmほど)

これにより、
長と嫡男が同時に亡くなるという
とんでもない事態になった。

(これがあったから
徳川家康は
決して
嫡男・秀忠と行動を共にしなかった)

織田家に残された男子で
家督を継ぐ候補は4名。

次男・信雄(北畠氏の養子になっていた)
三男・信孝(神戸氏の養子になっていた)
四男・秀勝(羽柴秀吉の養子になっていた)
そして長男の嫡子・三法師(のち秀信)
だった。

織田家の後継は
重臣たちが集まる
「清須会議」で決定されたが
そこに集まった4人の武将は
羽柴秀吉
柴田勝家
丹羽長秀
池田恒興

それぞれに「推しメン」を挙げる。

秀吉・丹羽は
まだ3歳だった
長男の嫡子・三法師を、

柴田勝家は
三男・信孝を推した。

次男・信雄に関しては
戦場で逃亡して
信長に激怒されたこともあり
評判が良くなかったので
候補にも挙がらなかった。
次男・信雄は
これ以後、秀吉についていく。

大泉洋が秀吉を演じる映画「清須会議」は
コメディタッチでわかりやすくおもしろかったです。
DVDはこちら

結果として
3歳の三法師が織田家の家督を継ぎ、
三男・信孝は後見人として据え置かれた。

しかし納得いかない
三男・信孝は
織田家の実権を握ろうと
反・秀吉チームを発足。
柴田勝家と
秀吉に夫を殺されたお市の方(織田信長の妹)
を結婚させる。

その後、
秀吉は
「信孝が三法師様を狙っている」
といんねんをつけ挙兵。

信孝は妻子を人質にとられ
さらに三法師も秀吉に奪われた。

その後、再び挙兵した際に
兄である次男・信雄によって攻められ
自害する。

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ちなみに
織田信長の孫にあたる三法師は
織田秀信となったが
石田三成と組していたため
秀吉亡きあとは
徳川家康と対立する立場となり
高野山へ追放される。

しかし高野山は
祖父・織田信長が焼き打ちにした過去があり
高野山の僧侶たちから反発をくい
高野山からも追放される。
その後なんやかんやあるものの
細々とした生涯だった。
 
 
一方、秀吉はというと
信長が亡くなるまで織田家家臣で
最も勢力を持っていた柴田勝家を
織田家跡目あらそいで出しぬき、
秀吉の権力は大きくなっていった。

清須会議から1年後
三男・信孝を討つと同時に
柴田勝家も滅ぼす。
落城の際、
柴田勝家は妻・お市の方とともに自害する。

これにより
織田家の武将たちは
ことごとく秀吉に味方するようになっていく。

大河ドラマ黒田官兵衛で
長年合戦中の毛利家も
秀吉に使者を送り親交を築くように。

今後の展開も見逃せません!
まもなくDVD1巻も出るようですよ☆
軍師官兵衛DVD第1巻
 
 
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