「元気があれば何でもできる!」Z戦士並みの戦闘力の男たち

ドラゴンボールの世界で
戦闘力は「気」で計測する。
この男たちを前にすると
きっとスカウターは爆発するだろう・・・!

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「人としておもしろいかどうか」には
いろんな指標があるが、

個人的には
「なにかやってくれそうだ」と
思わせてくれる人が
おもしろい人物なのだと思う。

ここでは
今までも、この先も、
必ず何かやらかしてくれるに違いない男たちを
紹介しよう。
 
 
まずは、意外に素性が知られていないこの男

アントニオ猪木(プロレスラー/国会議員)

スカウターアントニオ猪木01

彼について
「元気ですかー?と叫んでビンタする巨人」と
単純に思っていないだろうか?

彼の本名は、
猪木寛至(いのき かんじ)71歳。

横浜で生まれ育ち、
家業の倒産、困窮により
13歳のときに
一家でブラジルへ渡る。

ちなみに
猪木の身長は
中学生ですでに180cmを越えていた。

当時の収入源は
コーヒー豆の収穫だった。

そこで
陸上大会に出場している時に
力道山の目にとまり
日本に帰国し日本プロレスに入団。

この後、
力道山の方針により
猪木は「ブラジル人」として
5年間も片言を演じ続けることになる(笑)

猪木が糖尿病であることは
かなり広く知られているが
「1日1万kcal摂取していた」と
過去の食生活の異常さを語り、
そして
糖尿病になってから数カ月は
キャベツをまるごとかじって
糖尿病を治したという。

猪木の居酒屋の
人気メニュー「キャベツ」は
そこからきている。

また、
あまり知られていないが
アントニオ猪木は
昔アメリカ人女性と結婚し離婚。

続いて
あの半沢直樹で
ホテル女専務を演じた
「賠償美津子さん」と
結婚して離婚した。

賠償美津子アントニオ猪木

現在は、
3人目の妻と
結婚継続中だ。
 
 
2013年、
参議院選挙で当選した猪木氏。

スカウターアントニオ猪木02

国会で
「元気ですかー!」と叫び
議長から注意を受けてもなお
この挨拶をやめないなど
どこにいっても
猪木は猪木を貫いている。

今後もきっと何か
しでかしてくれるに違いない。

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2人目は
100円均一ショップを起こした

ダイソー・矢野博丈社長

スカウターダイソー社長02

この矢野社長は、
自己啓発だとかプラス思考だとか
そんなブームには決して乗っかれない
キング・オブ・ネガティブ社長なのだ!

スカウターダイソー社長01

ダイソーは今や
国内・海外に3000店舗を持つ
一大企業なのだが
それでも社長は
「店はつぶれるという確信を持っている」という。

しかも
「だって、ダイソーより
他の100円ショップの方が良いように見えてしまう」とも。

極めつけは
「人間でも会社でも、
いつかは壊れるようにできとるんです」と・・・。

なぜ矢野社長がここまでネガティブかというと
これまでの人生に理由がある。

矢野社長の経歴は
転職9回、夜逃げ1回、火事1回。

夜逃げとは、
ハマチの養殖事業に行き詰ってのこと。

その後、いろいろ職を変え、
ついには
夫婦で移動販売の日用雑貨店を開くことになる。

そのとき、
値づけが面倒ですべて100円にしたことが
ダイソー誕生の瞬間であった。

その後、「自分にはなにもない、ただのおっさんです」など
ネガティブ発言を繰り返しながらも
部下の意見や感性に頼ることをモットーにして
ここまで来たのだ本人は言い切る。

スカウターダイソー社長03

さらにネガティブ発言は続き、
極めつけは銀行の頭取にまで
「うちはどうなるかわかりません、
ご迷惑かけるかもしれません」と・・・。

しかしながら
「つぶれるかもしれないと
危機感を持っていたから
ここまで来られた」ともいう。

矢野社長いわく、
今後の見通しは
「ダイソーはつぶれると思う、
だからそうならないようにがんばろうと
社員と話している」そうなので

きっと今後もやばくなりそうな寸前で
革命を起こすのではないだろうか(笑)

ネガティブが役に立つこともある、
それを教えてくれる
矢野社長はまちがいなく偉人だ。
 
 
そして3人目は

東京スカイツリーを建てた
とび職人・多湖弘明さん

多湖弘明東京スカイツリー

多湖弘明(たごひろあき)さんは
ガテン系の中でも近寄りがたい「とび職人」について
インターネットや本で
その実情を伝えてきた知る人ぞ知る存在。

鳶スカイツリー多湖弘明

テレビ番組「新・ルソンの壺」にも出演していた。

しかし
普段の多湖さんは
とび職人のイメージをくつがえす
その風貌。

鳶職人たごひろあき

163cmという小柄な体格だが
かなり筋肉むきむき。
少年のような顔。かっこよすぎる。
(実は38歳)

そんな多湖さんは
大阪市出身。

高校を卒業した春、
多湖さんは
バイク事故で背骨などを折り、
「半身不随」を宣告されていたらしい。

しかし多湖さんは
「ここで人生を諦めてたまるか!」と
寝たきり状態の身体を鼓舞。

かろうじて動く
足指や足先を動かし
身体機能が退化するのを
自力で防いだそうだ。

そして半年後、奇跡の回復で退院。

このまましばらく
おとなしくしているのは凡人。

多湖さんは
友達に誘われた「バイト」に
リハビリとして出向いた。

それが
とび職人のバイトだった!

ここからすでに
偉人&奇人の物語は始まっていた・・・。

そして
そのままとび職人になり数年が経ち、
ニッカポッカをはいたまま海外へ。

スペインでは
野宿でゲイに襲撃され大乱闘の結果
木の上で寝ることを覚えたり、
あの未完の聖堂「サグラダファミリア」の
建築にも携わるなど
数々の伝説が明らかにされている。

サグラダファミリア

そして帰国後は
東京スカイツリーを建てるために上京!

しかも
「俺が建てな、誰が建てるねん!!!」と
仲間たちに名言を残して・・・。

実は、
あてもツテもなく
上京してから
スカイツリー建設を請け負いそうな会社をリサーチし、
計画的にもぐりこんだと。

そして、もくろみは成功し
東京スカイツリーを建てることになった。

多湖弘明さんは
現場や上空で撮影した写真を
写真展やホームページで数々公開している。
(多湖さんのHP⇒鳶はこちら

そのひとつがこちら。
鳶の仕事内容

また
書籍「鳶」も出版したばかりで、
この本には、
多湖さんが見てきた数々の景色も
写真で掲載されている!

正直、
こんなにすごい世界があるのか!と衝撃を受けた。

これは間違いなく、価値観が変わる1冊だろう。

書籍紹介ページ⇒鳶 上空数百メートルを駆ける職人のひみつ(著)多湖弘明

 
 
続いてはコチラの記事をぜひ☆
中学時代、テスト中に吐いてしまった時に経験した人の優しさ、の話
 
 




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